雑記 04.08 -桜の思い出-

 

ちょうどこの時期に、昨年の春に下書きに保存していた文章を見つけたから、少し書き換えて完成させたのを公開しようと思う。

 

桜の花が咲く少し前の季節は、いつも桜の花が咲くのが怖くて怖くてたまらなかった。

頭の中に桜の木を思い浮かべる。何もない暗闇の中に満開の桜の木が立っているイメージ。その桜の木にむかって歩いて近づいていくと、だんだん、花という花がこちらを見つめて返してくるような気がしてくる。おかしいと思って、目を凝らしてみると、花だと思っていたのは実は数千もの目で、私は思わずアッと叫んでその場から逃げ出してしまいたくなる。

 

春は新しい季節の始まりで気持ちが高まる反面、気分が落ち込み憂鬱になりやすいともいうから、その気の落ち込みが重なっているだけなのかもしれない。大学に通っていた頃、向かう坂の途中には、桜の並木があって、毎年、光の中に舞う花びらを見ては「綺麗だな」と思っていたし、ビニールシートをひいて、友人とお花見をしたこともあった。その時に見た桜はごく平凡なものだったし、恐怖とかそういうものには結びつかなかった。

 

桜が怖くなるきっかけは、 梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を読んだせいかもしれない。

 桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

梶井基次郎 桜の樹の下には

 

皆が信じて疑わない完璧な桜の美しさに難癖をつけたこの小説は、相当衝撃的で、これを読んだ人は、皆、桜の美しさに疑問を抱かざるをえなくなるんじゃないかと思った。

 

この「櫻の樹の下には」を読んだあとの最初の春、3月の終わりに。いまにも雨が降り出しそうな暗い日に近所の神社に桜を見に行った。桜の木が植えられていて、春は見事になるはずだから。正面の道路に面した入口からではなく小さな路地に面する裏口から神社に入った。じゃりじゃり、と玉砂利を踏んで進んだ先の小さな神社の境内には、誰も居なくて、時が止まったかのようにしんとしていて、雨以外に動くものも聞こえる音もなかった。小さな神社は満開の桜の花で埋め尽くされていた。

淡いピンクをした無邪気な桜が、暗い曇り空の下では、血の気を失った死者のように蒼白な花に見えた。

神社に行く数日前の夜にも、別のところで桜の花を見た。その時の桜は、街灯と月明りに照らされて、綺麗だったが、夜だからかなんだか、少しだけ胸騒ぎがした。その時感じた胸騒ぎというか予感が、神社の桜を見た時、急にはじけ飛んだように思えた。私は異界に迷い込んでしまったのだと思わざるを得ないくらい、不気味だった。

さっき梶井基次郎の話をしたけれど、桜を不気味に描いた小説がもうひとつあった。梶井基次郎のほうがなんとなく好きだけれど、神社の桜の木の下に立った時、陥った不思議な感覚は、坂口安吾桜の森の満開の下」が近いかもしれないなと思った。

 

この不気味な桜の花を見た春は、大切な人を失うような嫌なことがあった(死んだわけではない)。目に焼き付いて離れない不気味な桜の花と、嫌な思い出が重なって、フラッシュバックするのだろうと思う。春はいつもその思い出が虫のように蠢いて湧き出てきて不快だった。

けど、今年桜を見に出かけても、嫌な気持ちがしなかった。その思い出がもう薄れつつあるからかもしれない。

雑記 12.19 -「VA-11 Hall-A」のこと、私のこと-

最近は寒くて気が乗らないので、「VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)」というゲームを気が向いたときに少しずつやったり、動画を見たり、毎日をただそのまま生きたりして過ごしている。

 

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「VA-11 Hall-A」のゲームの中では私はバーテンダーになって、店にやってくる客にカクテルを振るまいながら、話をきいている。いつもの生活とは違ってすごくたくさん人と話している。

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この前なんかは”脳”が客としてやってきた。いつもはせめて人の形をしている客がくるからびっくりした。「VA-11 Hall-A」のゲームの中の時間は、ちょうどこの記事を書いている今と同じクリスマス前の12月なので、すごく現実とリンクしているような気がしてくる。現実で”脳”に会うことはないけれど。

ゲームの中でも、電気代のために貯蓄を残しておかないといけなかったりするし、ときどき欲しいものがあったら買わないと気が済まなくて仕事に集中できなくなったりする。これはすごくすごく、生活に近い。

バーの常連客の女の子に「あなたは、ここ最近誰かと体を重ね合ったり、触れ合ったりしたりすることはあるの?」そんなことを聞かれた。ゲームの主人公のバーテンダーのジルは「……。そういうことを確かにしてないかもしれない」というような調子のことを少しうつむきながら答えていた。(よく台詞を覚えていないのでうろおぼえ。)

ジルは別の場面で「2,3年前に恋人と喧嘩別れしたままだ」と言っていた。ジルの部屋には、恋人とジルと恋人の妹の写った写真が昨日撮ったばかりの写真のようにずっと置かれている。ジルはきっと2,3年前から誰とも、肌を重ねたり、抱き合ったり手をつないだりしていない。

「VA-11 Hall-A」のゲームは20XX年かいつかの近未来の世界を舞台にしていて、政府もダメで、都市の治安も悪く、荒廃した世紀末ような空気感がある。ゲームの中の時間が進むにつれて暴動やテロ事件が起こってくる。今、私が見ている現実世界よりも、もっと落ち着けないひどいところのような気がする。

テロや暴動が起こっていても、ジルは普通に私と同じような悩みを持っている。同じような虚無感を抱えてるかもしれないけれど、ジルはそれに気づかないフリをしながら生きている。ように見える。こういうところは、すごく私と似ている。ジルはバーで働いてお金を稼いで電気代を払って普通にその中で生活をしている。こんな世界の中にも普通の人の生活がある。なんだか安直ではあるけれど、「戦時中を舞台にしながら、戦争のことじゃなくて、その世界に生きる人の日常を切り取っているこの感じ」は映画「この世界の片隅に」にも近い。

ジルにも悩みや生活があるように、バーテンダーのジルの目を通して見る客たちもたくさん悩みを抱えている。人と話して関わることは、とても楽しいけれど寂しいことのように思う。

ジルでなくて、私の話をする。知人に、少し仲良くしてくれて、酔うと冗談なのか「遊びにいきましょう」とか言って話しかけてくれる人がいたけれど、いつの間にか右手の薬指に指輪をしていた。「遊びにいきましょう」、そんな風に声をかけてくるから「LIKE」に近い好きの感情を抱いていたような感じがする(けど自分でもわからないけれど、きっとこれは「LOVE」ではない。)たぶん、これ以上仲良くなっても気持ちには答えられないけど、でも誰か他の人のところに行ってしまったらつまんないな、というようなものすごいズルい気持ちを持っている。右手のそれについて聞くつもりもないし知りたくもないのだけど、本当はすごく気にかかっているし本当に知りたくないというような意地があるので、その人に固執しているという証明になってしまった。たぶん、自分を好いてくれてるかもしれない人が減るのが少し嫌なのである。本当にズルくて情けない気持ちになったし、悲しんでる。さみしいし、一人になりたくない。もし、誰とも話さず、一人で居たら、こんな気持ちになることもなかっただろうに、人と関わると少し悲しいことがある。でも、人と関わらないと得られない喜びや楽しさや知識やいろんなことがあるから、やめることができない。自分でもわかっているけど、酔っ払って適当なことを言う人間の言葉ほど適当なものはなく、信用できないものはないと思うのに、少し間に受けていて恥ずかしい。

ジルの居る「VA-11 Hall-A」に行って、このことを酒に酔った酔っぱらいの戯言としてジルに話したら、きっと私が思っていたのと同じようなことをジルは言う、人はそんなにあなたのことを気にしていないだとか、厳しいことを。けれど、クールなようで優しい彼女は、きっと私を励ましてくれるのだろう。ジルだって、同じような気持ちを抱えて居るにも関わらず。

息苦しい気持ちが、寒い冬の12月後半の時期にムクムクと膨れ上がっていく。ゲームの中のジルも、同じ12月の冬を過ごしている。ゲームはまだクリアはしていない。だから今日もわだかまりの答えや居場所を求めて、「VA-11 Hall-A」に、ジルにまた会いに行く。 

 

「VA-11 Hall-A」。PlayismとSteamから購入できます

publishing.playism.jp

 

store.steampowered.com

雑記 09.05 -ネットが繋がらない-

こんばんは。ご無沙汰しています。スマホからの投稿です。更新が滞ってしまいました。書きかけの記事があったのですが、自宅PCのインターネットが不調で記事投稿も加筆も出来ずにいます。

 

このインターネットの不調、実は前にも発生していて、プロバイダに問い合わせても原因がよく分からず、しかも、問い合わせ中に毎回ほぼ自然回復的に直ってしまい、結局原因不明のままになっていてかなりのストレスになっています。

 

たびたびの不調に悩まされた結果、ネット回線不調時に確かめたほうが良いことが少しだけわかってきました。自分用のメモも込めて、まとめようという気になってきたのででド素人向けの確認方法として気が向いたら記事にしよう思います。まだ解決していないですが…。それではまた。

 

 

 

 

リリース前の気になるゲーム「OMORI」の話+α

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(OMORI - 2017 Trailer)

 

こんにちは。このブログは、何か書きたいことを考えつつ「せめて1ヵ月に1回は更新しよう」という感じでやっています。(追記:1ヵ月に1回でなく、不定期で無理なく更新することにしました。)

そろそろ6月も終わるのでここでひとつ。今日は、現在開発中の気になるゲーム「OMORI」の紹介をします。

 

「OMORI」RPG

 

www.youtube.com

  

http://www.omori-game.com/ (公式サイト)

 

「OMORI」ーひきこもり少年アドベンチャーゲーム

 

OMORIは、OMOCAT氏を中心に開発がすすめられているゲーム。JRPGの雰囲気を漂わせていますが、開発は海外。公式ページの[ABOUT]のページに書かれている文章によると「『OMORI』は、シュール・サイコロジカル・ホラー・RPGメーカー・ゲーム」。主人公の少年Omoriが3人の仲間と共に「New」「Old」(「現在」と「過去」でしょうか)、2つの世界を行き来して冒険を進めていくRPGのようです。

今回リンクに貼ったトレーラーは2017年1月に公開されたもので、以前のトレーラーの発表が2014年4月。2年以上の間が空いて発表された待望の新トレーラーという感じです。

まだ断片的な情報しか読み取れないものの、一貫して夢のようで、どこか悪夢のような恐ろしい雰囲気が漂うゲーム。Omoriが最初にいる白い部屋と仲間たちが居る外のカラフルな世界には随分とギャップがあるのが個人的には気になりました。トレーラーのマップには夢のようなカラフルな世界と、白黒ベースのホラーな雰囲気漂う世界があって、おそらくこれが行き来することになる2つの世界なのではないかと思います(あくまで予想です)。両方のマップともに、少年少女時代に見たことがあるような、夢のようなキラキラした感じと、夜の暗闇に感じた恐怖感のようなどこか懐かしい空気感がして少しセンチメンタルな気持ちになりました。トレーラーだけでもいろいろと想像させられます。

 

「OMORI」6月の更新情報 ー日本語ローカライズ、デモ版のリリース情報ー

 

2017年1月の最新トレーラーの後、しばらく更新情報はなかったようですが、2017年6月13日に公式ページの[UPDATES]に新たな更新情報が載っていました。だいたい以下のような内容。

 

(※英語の更新内容を掻い摘んだもののため、間違い等がある可能性があります。詳しくは公式をご覧ください。)

 「OMORI」はトレーラーのゲーム画面からもわかるように、どうやら「RPGメーカー」 を主に使って開発されているようでした。13日の情報によると、RPGメーカーだけではゲームの視覚処理が仕切れず、新たなエンジンを導入していたようです。

また、ほかにもダンジョンの追加状況、ゲームプレイ時間が(サブクエストを含めず)20時間以上のものになること、ど140人近く実装する予定のNPCのことなどが書かれています。

そして日本語ローカライズ版の開発も予定されているようです(既に開発用の資金は集まっている模様)。開発がなかなか難航しているようですが、今年の10月にはDEMOバージョンのリリースを予定しているようです。とても楽しみです。

 

という感じ。

 

+αの話 ー「OMORI」に似たゲームの話「OFF」の紹介-

 

「〇〇っぽい」という表現はあまり用いるべきではないと思いますが、「OMORI」はどこか「MOTHER」や「ゆめにっき」のような雰囲気が漂うゲームです。何故か当ブログでは「MOTHER」「ゆめにっき」の雰囲気を感じるゲームの紹介記事を多く書いています。知らぬ間に「MOTHER」「ゆめにっき」の世界観に魅入られていたんでしょうか。他にも紹介出来たら良いなと思います。

思いつくものでは、「OFF」もこれらのゲームに近いかもしれません。「OFF」もまた、海外のゲーム(フランス産)ですが、雰囲気・BGMともに素晴らしく、日本語の有志翻訳も行われているオススメのゲームです(これも別記事で紹介してもいいくらい)。

「OFF日本語版」ダウンロードページはこちら。

 

offjptranslation.wordpress.com

 

こんな感じで「MOTHER」「ゆめにっき」系のゲームの紹介をしているのにも関わらず「MOTHER」をプレイしたことがありません。心の中にわだかまりが出来ているので1・2・3シリーズすべて近いうちにやり切りたいですね。

あと当ブログのこと。ゲーム記事が中心になっていますが、他の話題も書けたらいいなと思っています。ゲーム以外にも物語や思想の話は好きなのでそういう話題になりそうです。それでは、また。

 

スマホゲーム「Two Dots」のフラットなデザインとBGMが好き

 

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スマホゲームの「Two Dots」というパズルゲームの話。3~4年くらい前から、ちまちまやっています。

デザイン・音楽ともにとても良くて、非常にシンプルなゲームでオススメなのでちょっと紹介します。

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雑記 03.21 -Like a 無印良品-

 

先週くらいになんとなくブログデザインを編集した。元々ブログのデザインテーマやフォントは変更してあったのだが、ページの右下にTOPに戻るボタンを配置したり、埋め込んであるYoutubeの動画の読み込みを軽くする方法を試したりしているがこれが、地味に楽しい。いつか自分でもデザイン編集できるようになったらいいな。

 

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ジョージアという国

 2016年夏、リオ五輪をテレビで見ていた。

柔道の試合に「ジョージア」という聞きなれない国の選手が出てきた。出場選手の名前の横の国旗を見ると、白地に赤い十字の模様、その余白にまた赤い4つの十字架みたいなものがついててなかなかかわいい国旗。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/0f/Flag_of_Georgia.svg/320px-Flag_of_Georgia.svg.png

ウィキペディアコモンズより)

 

「これは『グルジア』の国旗だ」と思った。

なのに、テレビの解説員は「ジョージアの〇〇選手が!」「おっと……!ジョージア……」としか言わない。

 

 

グルジアについて知っていること。

グルジアはロシアの南側、黒海のほとりのあたりに位置する国。

確か前のオリンピックの時、武力衝突か何かが起こった。混乱状態の中オリンピックに参加した選手が居てエールを送られていた映像を見た覚えがある(調べたら、武力衝突があったのは2008年の北京オリンピックの時だった)。

コーカサス地方グルジア付近にある。コーカサスオオカブトは別にコーカサス地方に生息しているわけではない。

かつてネットで大人気だった「いいえケフィアです」の「ケフィア」というヨーグルトっぽい実は違う食べ物はコーカサス地方あたりの食べ物らしい。

グルジアの文字。わっかのような特殊な形をしていてかわいい。საქართველო。こういう文字。よくiPhoneの特殊顔文字に文字が使われている。

グルジアについて知っていることはこれくらいである。

 

 

なのでいつの間に「ジョージア」と呼ぶようになったのか知る由もなかったというのが、正直なところだった。 

何故なのか。そしていつからそう変わったのか。調べた。 

style.nikkei.com

 

 記事によると、

グルジアについては国連加盟国の大多数がもともと英語由来の「ジョージア」と呼んでおり、ロシア語由来の「グルジア」としていたのは日本や韓国、中国、それに旧ソ連の国々ぐらいだった。2008年にロシアと武力衝突した旧グルジア政府は、翌年からロシア語に由来する呼称を変更するよう各国に要請していたが、これまで日本政府は応じていなかった。

とのことだ。

 

グルジア、もといジョージアは現地の言葉での正式名称はსაქართველო(サカルトベロ)というらしい。日本が日本語では日本(にほん/にっぽん)と呼ぶが、英語ではジャパンと呼ばれるのと同じと考えてよいだろう。このような、

現地の言葉と現地語ではない言語で呼ばれる国の呼称を「エクソニム(exonym)」という。

らしい。

「エクソニム」という言葉は初耳だった。考えてみれば子どものころから何故、日本のことを英語ではジャパンというのか疑問に思ったことはあった。他国の現地語での正式名称を知る機会が案外無いので調べてみるのも面白いかもしれない。

 

 

「エクソニム」の話はさておき、何故「グルジア」から「ジョージア」 という呼称に変更したのかに戻す。

 

詳細はリンクの記事を読めばわかるのだが、要は、2008年にロシアとの武力衝突があったので、ロシア語での呼び名の「グルジア」は使わないでというお願いがあり、そしてやめることになったということだ。衝突だけが原因ではないが確かに、揉めた相手を思い出すような呼び方をされては堪らないなと思う。

衝突のあった2008年の翌年から呼称変更の要請があって、2015年に日本の法改正で呼称を変更していたから、普段スポーツ番組を見ない私は、2016年夏のオリンピックで突然「ジョージア」の呼び名を知ることになったというわけだった。

 

というわけで、今後は「グルジア」とは呼ばず「ジョージア」と呼びましょう。